こんな方へ
- 相続人の一人が生前に多額の贈与を受けていたが、相続分の計算にどう影響するか知りたい
- 住宅購入資金・学費・結婚費用の援助が特別受益に当たるか確認したい
- 持戻し免除の遺言を書く場合の要件を確認したい
- 長年連れ添った配偶者への居住用不動産の贈与が持戻し免除になるか確認したい
この記事でわかること
- 特別受益の定義(何が対象になるか)
- 持戻しの計算方法(みなし相続財産の考え方)
- 持戻し免除の意思表示の効果
- 婚姻20年以上の配偶者への居住用不動産の特例(民法第903条第4項:平成30年(2018年)相続法改正で新設・2019年7月1日施行)
- 相続開始から10年経過後の主張制限(民法第904条の3:令和3年(2021年)改正で新設・2023年4月1日施行)
- 特別受益をめぐる実務上の紛争傾向
結論:特別受益がある場合は「みなし相続財産」を基礎に計算し、特別受益を受けた者の相続分から差し引く
根拠条文:(本法)民法第903条第1項(特別受益者の相続分)
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第900条から第902条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。
特別受益の持戻しは以下の手順で計算されます。
① みなし相続財産 = 相続開始時の積極財産 + 相続人への特別受益(贈与)の額
② 各人の「一応の相続分」= みなし相続財産 × 法定相続分(または指定相続分)
③ 特別受益を受けた者の実際の相続分 = ② − その者の特別受益の額※ 遺贈は相続開始時の積極財産に元々含まれているため、第903条第1項の「贈与の価額を加える」は生前贈与のみを指します。計算上、遺贈は③で控除するときに考慮されます。
計算の結果、特別受益の額が「一応の相続分」を超える場合(超過特別受益)は、その者は相続分がないとされ、超過分の返還義務もないとされています(民法第903条第2項)。
今すぐやること
- 特別受益に該当する贈与・遺贈がないか確認する(住宅資金・事業資金・学費等)
- 特別受益の評価時期を確認する(相続開始時の価額が基準)
- 持戻し免除の意思表示があるか確認する(遺言書・生前の意思表示等)
- 協議で合意できるか確認する(合意があれば持戻しを行わないことも可能)
- 相続開始からの経過期間を確認する(10年経過後は原則として特別受益の主張ができなくなる:民法第904条の3)
- 争いがある場合は早期に専門家へ相談する(遺産分割調停の主要な争点)
判断フロー①:この贈与・遺贈は特別受益に当たるか
この利益は「特別受益」として持戻しの対象となるか?
特別受益に当たる可能性がある
- 遺言による遺贈
- 婚姻・養子縁組のための贈与(結婚支度金・持参金等)
- 生計の資本としての贈与(住宅購入資金・事業開業資金・高額な学費等)
特別受益に当たらない可能性がある
- 通常の扶養の範囲内の援助(生活費・一般的な教育費等)
- 少額の贈与や慣行的なもの(祝い金・見舞い金等)
「生計の資本」に当たるかどうかは金額・目的・被相続人の資産状況・他の相続人との公平等を総合的に考慮して判断されます。個別の事情によって評価が異なるため、争いがある場合は弁護士等の専門家への相談を推奨します。
判断フロー②:持戻し免除はあるか
持戻し免除の意思表示があるか?
持戻し免除がある
- 遺言で「持戻しを免除する」旨の意思表示がある
- 生前に明示的な持戻し免除の意思表示があった
- 婚姻期間が20年以上の配偶者への居住用不動産の贈与・遺贈(民法第903条第4項:持戻し免除推定)
持戻し免除がない
- 持戻し免除の意思表示がなく、婚姻20年特例にも該当しない
持戻し免除があっても、遺留分侵害額請求の場面では持戻し免除の効果は遺留分算定基礎財産への加算を排除しないとされています。持戻し免除と遺留分の関係は別途検討が必要です。
① 特別受益の定義と対象
→ 特別受益とは、相続人が被相続人から受けた「遺贈」または一定の生前贈与をいいます。すべての贈与が対象になるわけではありません。
根拠条文:(本法)民法第903条第1項
対象となる利益の種類
| 類型 | 具体例 | 備考 |
|---|---|---|
| 遺贈 | 遺言による財産の取得 | 相続人への遺贈はすべて対象 |
| 婚姻・養子縁組のための贈与 | 結婚費用・持参金・嫁入り道具等 | 慣行的な範囲を超えるものが対象とされることが多い |
| 生計の資本としての贈与 | 住宅購入資金・事業資金・高額な教育費・株式の贈与等 | 金額・目的・家族内の公平性を考慮して判断 |
「生計の資本」の判断基準
「生計の資本」に当たるかどうかは、以下の要素を総合的に考慮して判断されます。
- 贈与の金額(被相続人の財産規模との比較)
- 贈与の目的(独立・自立の支援等)
- 他の相続人が同様の援助を受けたかどうか
- 贈与の時期と被相続人の意図
通常の扶養の範囲内と評価される生活費の援助・一般的な教育費・慣行的な祝い金等は特別受益に当たらないとされることが多いですが、金額が大きくなれば特別受益と評価される可能性が高まります。
死亡保険金との関係
なお、被相続人を保険契約者・被保険者とする生命保険契約に基づき、共同相続人の一人が受け取る死亡保険金請求権は、原則として民法第903条第1項の「遺贈または贈与」には当たらないとされていますが、保険金の額・遺産総額に対する比率・諸般の事情を総合考慮して、不公平が著しい場合には第903条の類推適用により特別受益に準じて持戻しの対象となるとされています(最決平成16年10月29日 民集58巻7号1979頁)。
② 持戻しの計算方法
→ 「みなし相続財産」を基礎として各人の相続分を計算し、特別受益を受けた者からその額を差し引きます。
根拠条文:(本法)民法第903条第1項
計算の手順(具体例)
前提:
- 相続財産:4,000万円
- 相続人:子A・子B・子C の3人(各法定相続分 1/3)
- 子Aが生前に住宅購入資金として2,000万円の贈与を受けた
計算:
① みなし相続財産 = 4,000万円 + 2,000万円 = 6,000万円
② 各人の「一応の相続分」= 6,000万円 × 1/3 = 2,000万円
③ 子Aの実際の相続分 = 2,000万円 - 2,000万円 = 0円
子Bの実際の相続分 = 2,000万円
子Cの実際の相続分 = 2,000万円この場合、子Aはすでに2,000万円を受け取っており相続財産からの取得はないという結果になります。
特別受益の評価時期
根拠条文:(本法)民法第904条
民法第904条は、特別受益の価額の評価について、贈与の目的物が受贈者の行為によって滅失またはその価格に増減があったときでも、相続開始時においてなお原状のままであるものとみなして算定する旨を定めています。
実務上の評価ルール(判例・通説):
- 評価の基準時:原則として相続開始時(被相続人の死亡時)の価額
- 不動産の場合:贈与時の状態を前提に相続開始時の価格で評価するのが通説(受贈者自身が行った増改築による価値増加分は除外)
- 金銭の場合:贈与時の金額を相続開始時の貨幣価値に換算した価額で評価(最判昭和51年3月18日:消費者物価指数等を参考に貨幣価値の変動を考慮)
- 受贈者の行為による滅失・毀損:相続開始時においてなお原状のままであるものとみなす(民法第904条)
③ 超過特別受益(民法第903条第2項)
→ 特別受益の額が「一応の相続分」を超える場合でも、超過分を他の相続人に返還する義務はないとされています。
根拠条文:(本法)民法第903条第2項
遺贈又は贈与の価額が、相続分の価額に等しく、又はこれを超えるときは、受遺者又は受贈者は、その相続分を受けることができない。
特別受益の額が「一応の相続分」を超える場合(超過特別受益)、その相続人は相続財産から取得できる財産はなくなりますが、超過分を他の相続人に返還する義務はないとされています。他の相続人は、それぞれの一応の相続分に基づく取得となります。
例: 子Aが3,000万円の贈与を受けていた場合(一応の相続分2,000万円を超過)
- 子Aの相続分:0(取得なし)
- 子B・子Cの相続分:それぞれ一応の相続分(2,000万円)のまま
④ 持戻し免除(民法第903条第3項)
→ 被相続人が「持戻しを免除する」旨の意思表示をした場合は、その贈与・遺贈は特別受益の計算から除外されます。
根拠条文:(本法)民法第903条第3項
被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。
持戻し免除の方法
- 遺言による意思表示(最も明確な方法)
- 生前の明示的な意思表示
持戻し免除の意思表示は書面である必要はなく、明示・黙示のいずれでも認められる場合がありますが、黙示の意思表示が争われる場合は立証が問題となることがあります。争いになると立証が困難になるため、遺言書で明確にしておくことが推奨されます。
持戻し免除の限界
持戻し免除があっても、以下の場合には注意が必要です。
- 遺留分との関係:持戻し免除があっても、遺留分を侵害する場合は遺留分侵害額請求の対象となり得ます。持戻し免除は遺留分算定基礎財産(民法第1043条・第1044条)への加算を排除しないとされています
- 改正前の規定との違い:平成30年(2018年)相続法改正前は第903条第3項に「遺留分に関する規定に違反しない範囲内で、その効力を有する」とのただし書がありましたが、平成30年(2018年)相続法改正で削除されました。ただし、遺留分侵害額の算定では持戻し免除の効果は及ばないという解釈は維持されているとされています
⑤ 婚姻20年以上の配偶者への特例(民法第903条第4項:平成30年(2018年)相続法改正で新設)
→ 婚姻期間が20年以上の配偶者に対して居住用不動産を遺贈・贈与した場合は、持戻し免除の意思表示があったものと推定されます。
根拠条文:(本法)民法第903条第4項
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。
民法第903条第4項は、平成30年(2018年)相続法改正で新設された規定で、2019年7月1日施行です。配偶者の長年にわたる貢献に報いるとともに、老後の生活保障を図ることを目的としています。
特例の要件
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 婚姻期間 | 配偶者との婚姻期間が20年以上(贈与・遺贈時点で判断:相続税法施行令第4条の6参考) |
| 対象財産 | 居住用の建物またはその敷地(居住用不動産) |
| 行為の種類 | 遺贈または贈与 |
要件を満たす場合、被相続人が持戻し免除の意思表示をしたものと推定されます。ただし、被相続人が別の意思を示していた場合は、この推定が覆される場合があります。
配偶者居住権への準用(民法第1028条第3項)
根拠条文:(本法)民法第1028条第3項
民法第903条第4項の規定は、配偶者居住権の遺贈にも準用されます(民法第1028条第3項)。したがって、婚姻期間20年以上の夫婦間で配偶者居住権の遺贈がなされた場合も、持戻し免除の意思表示があったものと推定されます。
特例の効果
この特例により、配偶者は居住用不動産の贈与・遺贈を特別受益として持戻し計算から除外した上で、他の相続財産についての法定相続分を取得できることになります。なお、贈与税の配偶者控除(相続税法第21条の6:婚姻20年以上の居住用不動産贈与につき基礎控除に加え最高2,000万円の控除)と並ぶ配偶者保護制度として機能しています。
⑥ 相続開始から10年経過後の主張制限(民法第904条の3:令和3年(2021年)改正で新設・2023年4月1日施行)
→ 令和3年(2021年)改正(2023年4月1日施行)により、相続開始から10年を経過した後の遺産分割では、原則として特別受益の主張ができなくなりました。
根拠条文:(本法)民法第904条の3(期間経過後の遺産の分割における相続分)
前三条の規定は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
二 相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
10年経過後は法定相続分(指定相続分があれば指定相続分)による分割が原則となります。なお、相続人全員が具体的相続分(特別受益・寄与分を考慮した相続分)による分割に同意する場合は、協議によって特別受益を考慮した分割も可能です。
経過措置:令和3年(2021年)改正法附則により、施行日(2023年4月1日)前に発生した相続にも適用されますが、相続開始から10年経過時点と施行日から5年経過時点(2028年3月31日)のいずれか遅い時までに家庭裁判所に遺産分割請求をすれば主張可能とされます(改正民法附則3条)。
⑦ 実務上の注意点
→ 特別受益は遺産分割調停・審判の主要な争点となることが多い論点です。
よくある紛争場面
- 「高額な学費・留学費用が特別受益に当たるか」
- 「住宅購入時の頭金援助の額・評価時期」
- 「事業を引き継いだ相続人への事業資産の移転」
- 「老後の生活費として受け取っていた継続的な送金」
これらは個別の事情によって判断が大きく変わり、調停・審判でも争点になることが多いとされています。
証拠保全の重要性
特別受益の存否・金額は、贈与時の通帳記録・契約書・登記簿等が重要な証拠になります。贈与を受けた側・していない側ともに、関連する記録を保存しておくことが重要です。
このテーマで使う条文一覧
| 条文 | 法令 | 区分 | 内容 |
|---|---|---|---|
| (本法)第903条第1項 | 民法 | 中核 | 特別受益者の相続分(持戻し計算の基本) |
| (本法)第903条第2項 | 民法 | 中核 | 超過特別受益(受贈者の相続分はゼロ・返還義務なし) |
| (本法)第903条第3項 | 民法 | 中核 | 持戻し免除の意思表示 |
| (本法)第903条第4項 | 民法 | 中核 | 婚姻20年以上の配偶者への居住用不動産贈与の持戻し免除推定(平成30年(2018年)相続法改正で新設・2019年7月1日施行) |
| (本法)第904条 | 民法 | 中核 | 特別受益の価額(受贈者の行為による滅失・増減があっても原状のままとみなす) |
| (本法)第904条の3 | 民法 | 周辺 | 期間経過後の遺産分割における相続分(令和3年(2021年)改正で新設・2023年4月1日施行) |
| (本法)第1028条第3項 | 民法 | 周辺 | 配偶者居住権の遺贈への第903条第4項の準用 |
まとめ
- 特別受益とは遺贈・婚姻養子縁組のための贈与・生計の資本としての贈与が対象(民法第903条第1項)
- 特別受益がある場合はみなし相続財産を基礎に計算し、特別受益を受けた者の相続分から差し引く
- 特別受益の評価は相続開始時(死亡時)の価額が基準。受贈者の行為による滅失・増減は原状のままとみなす(民法第904条)
- 超過特別受益があっても返還義務はなく、他の相続人の相続分にも影響しないとされています(民法第903条第2項)
- 持戻し免除の意思表示(遺言等)があれば持戻し計算から除外されます(民法第903条第3項)
- ただし持戻し免除があっても遺留分算定基礎財産への加算は排除されず、遺留分侵害額請求の対象となり得ます
- 婚姻20年以上の配偶者への居住用不動産の贈与・遺贈は持戻し免除が推定されます(民法第903条第4項:平成30年(2018年)相続法改正で新設・2019年7月1日施行)
- 第903条第4項は配偶者居住権の遺贈にも準用されます(民法第1028条第3項)
- 令和3年(2021年)改正で新設された第904条の3により、相続開始から10年経過後は原則として特別受益の主張ができなくなった(2023年4月1日施行)
- 特別受益の有無・金額は遺産分割調停の主要な争点となることが多い論点です
特別受益の認定・評価・持戻し免除の有効性は個別の事情によって判断が大きく異なるため、争いがある場合は弁護士への相談をおすすめします。